美の進化 性選択は人間と動物をどう変えたか
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発行 2020/2/14
『種の起源』の自然選択と適応主義的な考え方だけを取り上げられがちなダーウィンが、後に出した『人間の由来』で提唱していた「性淘汰」と動物の持っている美しさについて考察した本。2週間前にも途中で書いたけど、めちゃくちゃ面白かった。
クジャクやセイランの尾羽が美しかったり、マイコドリの作るあずまやといった求愛活動がオスによって行われるのは、個体の生存戦略として進化したものではなく、メスから好まれやすいオスの形質をメスが主体的に選り好みし、メスたちが配偶者選択と性的自律性を獲得していった結果として進化した形質である、という性淘汰の考え方を軸に、人間の男女におけるフェミニズム的な話にまで広がって回収されていくのがとてもエキサイティングだった。まじで理解が広がる。
本文だけで400ページ弱あるけど、専門的な内容にしては平易な文章で読みやすかったのもありがたかった。
性選択の働きを理解すると見えてくることは、欲望と欲望の対象が共進化するという驚くべき事実である。後で詳しく述べるが、性的魅力のほとんどは共進化によってもたらされたものである。つまり、誇示形質と配偶者の選り好みが互いに対応しているのは偶然ではなく、長い進化的時間をかけて互いに形成し 合ってきた結果なのである。自然界にみられる並外れた美の多様性は、この共進化のメカニズムによってもたらされたのだ。本書の目的は美と欲望の自然史を読み解くことにある。 (p19)
私たちは、カモのペニスと膣の共進化的な複雑化は、父親のなり手(父性)を誰が決めるのかをめぐる雌雄間の主導権争いの産物であると いう仮説を立てた。(...)
カモのオスのペニスは硬くはならず、メスの生殖器の中へ反時計回りに柔軟に伸びていくのを思い出してほしい。膣の盲嚢と時計回りにねじれた形は、強制交尾の際にペニスが膣の奥に入ってくるのを妨げるのだと思われる。メスの膣の解剖学的構造が進化して強制受精を阻止すれば、オスはメスの防衛手段に対抗して、ペニスのサイズと装備を強大化させるだろう。そうすると、メスは膣の解剖学的構造をさらに複雑にして、強制受精の回避機能を高めるだろう。こうして両者の生殖器は共進化を遂げるのである。
このダイナミックな共進化過程で働いている選択のメカニズムは複雑である。まず、配偶者選択による 性選択があり、それによってオスの誇示形質とメスの選り好みが共進化する。さらに、もう一つの性選択 であるオス同士の競争によって、オスの強制的な行動と、メスを強制受精させられる長さと装備を備えた ペニスが進化している。さらに自律的な配偶者選択(これも一種の性選択である)によって、間接的な遺 伝的利益をもたらすよう、メスの行動的・解剖学的抵抗機構も進化する。強制受精を避けるのに役立つ行 動や膣の形態に寄与する遺伝的変異はすべて進化するだろう。こうした突然変異は、性暴力がメスにもた らす間接的な遺伝的不利益(もてない息子をもつこと)を避けるのに役立つからだ。 (p198~199)
新鳥類がペニスを失ったのは、メスがペニスのないオスを明らかに好んだからという可能性がある。なぜだろうか? ペニスの主要な機能の一つが、水鳥のように強制交尾によってメスの配偶者選択をくつがえすことだとしたら、メスはペニスの挿入を嫌って配偶者を選び、メスの性的自律性に対する脅威を減らすように進化したのかもしれない。(...) しかし、進化のメカニズムがどうであれ、ペニスの喪失は鳥類のメスの性的自律性に明らかな影響を及ぼした。
ペニスがないということは、精子をメスの総排泄口に送り込むために、メスの積極的な関与が必要なことを意味する。ペニスがなくても、オスはメスの背中にマウントし、力ずくで精子を総排泄口の表面に付着させることはできるが、メスの体内に入れたり、総排泄口を広げて取り込ませたりすることはできない。 鳥類の九五%以上を占めるペニスのない種では、メスは欲しくない精子をはねつけたり、排出したりすることができる。たとえば、ニワトリのメスは嫌なオスから強制交尾された後で、精子を排出できるのだ。 ペニスをもっていなくても、オスは性的嫌がらせや恫喝を試みることはあるし、メスは抵抗して怪我をす る可能性もある。しかし、ペニスの喪失によって、強制受精はほとんど起こらなくなった。ペニスの喪失によって、新鳥類のメスは受精をめぐる性的対立で基本的に勝利を収めたのである。 (p210~211)
オスの誇示と行動に「美による改造」を施すことで、強制的なオスの獣性から性的な美を進化させる全く新しい方法がもたらされる。しかし、この進化過程は、メスが身体的にも社会的にも支配できる大人しいオスを好むことで生じるというわけではないことを強調しておくのは重要だろう。メスは選択する瞬間に自律性を手にしているが、女々しいオスに対する選り好みを進化させているのではない。むしろ、ニワシドリのメスが進化させてきた選り好みは、すべてのメスに、美に対する欲望を満足させるという基準に基づいて選択の自由を行使する能力を持つよう促してきたのである。(p239)
ボノボは生殖のためのセックス以外にも、食物をめぐる社会的な対立を和らげたり、社会的緊張を緩和したり、個体間の和解を促したりするために、性別や地位、年齢にかかわらず、短時間の性行為をする。 緊迫した交渉が行なわれている商談の最中に、双方の責任者が交渉を突然やめて、性器を擦り合ったり交尾したりして、その後、妥協に至るのを想像してみてほしい。ボノボのセックスはこのようなものなのだ。
このような生殖とは無関係の性行動も「セックス」であるという認識をもつことは重要だ。生殖のためのセックスも、生殖とは無関係のセックスも、主にセックスがもたらす感覚的快楽が動因になっているからだ。こうした行動がもたらす結果は、社会的なものか生殖的なものかはともかく、常にセックスによる 感覚的快楽を追求したことで生じたものなのだ。(p269)